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四元数を生み出したアイルランドの天才数学者、ハミルトン

グラフ理論といえば「ケーニヒスベルクの架け橋」や「オイラー」などのキーワードが浮かびますが、オイラー以外にもグラフ理論の発展に貢献した人物がいます。その一人が今回ご紹介するアイルランドの数学者、ハミルトンです。

 

 

今回はそんなハミルトンについて、グラフ理論をはじめとする数学で残した功績をご紹介します。

 

ハミルトンの概要

ウィリアム・ローワン・ハミルトン(William Rowan Hamilton, 1805-1865)は、アイルランドの数学者・物理学者で、特に四元数(quaternions)の発見で知られています。しかし、ハミルトンの功績はそれにとどまらず、力学や代数学光学、そしてグラフ理論においても重要な貢献を果たしました。彼は非常に多才で、物理学や幾何学、数理論理学などさまざまな分野に影響を与えました。ここでは、彼の具体的な功績や人となりがわかるエピソードを紹介します。

 

ハミルトンの主要な数学的功績

1. 四元数(quaternions)の発見

ハミルトンの最も有名な功績は、四元数の発見です。四元数は、複素数を拡張したもので、3次元空間の回転を表現するのに適しており、コンピュータグラフィックスや物理シミュレーションにおいて重要な役割を果たしています。

四元数は4つの実数成分から構成され、一般に「i, j, k」という虚数単位を持ちます。四元数は「四次元」という言葉に似ていますが、別物です。四次元は空間や時空における次元を指す概念で、縦・横・奥行の3次元に加えて、時間の要素を加えたものです。一方、四元数は、3D空間での回転を表すために使われます。

ハミルトンは複素数の拡張としてこの概念を発見し、1843年、ダブリンのブロム橋を歩いている途中でこの発見を思いつき、橋の欄干にその公式を刻んだとされています。この公式は次の通りです:

i
2
=j2=k2=ijk=1
i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1


この瞬間は数学史上の象徴的なエピソードとして語り継がれており、現在でもブロム橋にはその公式を記念したプレートが設置されています。

四元数のイメージ

2. ハミルトン力学

ハミルトンは、力学の分野でも重要な理論を打ち立てました。彼が考案したハミルトン形式の力学ハミルトン力学)は、ニュートン力学ラグランジュ力学に代わる形式として、物理学における保存則や系の運動を解析する新しい方法を提供しました。

ハミルトン力学は、古典力学だけでなく、量子力学場の理論にも応用されており、現代物理学の基礎的な概念です。具体的には、エネルギー保存則や運動量に関する問題をハミルトニアンという関数を使って解く手法で、これにより、物理システムをより一般的に取り扱えるようになりました。

3. ハミルトングラフとグラフ理論

ハミルトンは、グラフ理論の分野においても貢献しています。彼が考案した「ハミルトンの周遊問題」は、グラフ理論におけるハミルトン路ハミルトン閉路の概念につながっています。これは、すべての頂点を一度だけ通って出発点に戻る経路が存在するかどうかを問う問題で、現在でも数学の基礎的なテーマとして研究されています。

ハミルトンの人となりとエピソード

1. 若き天才

ハミルトンは、幼少期から非常に優れた才能を発揮していました。彼は幼い頃から言語の天才として知られ、13歳の時点で13の異なる言語(ラテン語ギリシャ語、ヘブライ語ペルシャ語など)を流暢に話すことができたと言われています。この言語的才能は、彼の数学的思考の幅広さや独創性を示すものです。

2. 長きにわたる天文台の監督官

ハミルトンは、1827年にダブリン近郊のダンシンク天文台の監督官(天文学教授)に任命されました。当時まだ22歳で、結婚もしておらず、彼は生涯にわたってこの役職を務めましたが、天文学の業績よりも数学や物理学の研究で有名になりました。彼はここで多くの時間を過ごし、数学の深遠な問題に取り組んでいました。

3. 家庭生活と困難

ハミルトンの私生活は、彼の数学的成功とは対照的に困難が伴いました。彼は非常に社交的で感情豊かな人物であり、特に若い頃、ある女性に恋をしましたが、失恋した経験があります。この失恋は彼の精神的なバランスに影響を与えたと言われ、後年にわたって感情の起伏が激しかったとも伝えられています。また、彼の家庭生活は経済的に厳しい時期もあり、仕事と家庭の両立に悩む時期が続きました。

4. 哲学と文学への興味

ハミルトンは数学だけでなく、哲学や文学にも深い関心を持っていました。彼は詩人ウィリアム・ワーズワースと親しく交流し、詩や哲学の分野で多くの議論を交わしていました。ハミルトンは自らも詩を好み、数学の美しさを言葉で表現することにも努めていたため、単なる理系の天才にとどまらず、広い視野を持った人物であったことがわかります。

 

ハミルトンとワーズワースの交流のイメージ

ハミルトンとワーズワースのやりとり

ハミルトンはしばしばワーズワースの詩の影響を受け、数学の発見を哲学的・詩的に解釈しようとしていたようです。2人の交流は、特にハミルトンが自らの数学の業績を詩的に表現しようとする試みに影響を与えています。ワーズワースとの手紙のやりとりは、ハミルトンの知的好奇心や、数学の探究が彼の感情や精神に深く影響を与えていたことを示しています。

 

ハミルトンの詩的な数学の表現

ハミルトンは、数学の美しさや深遠さを言葉で表現する試みをしています。たとえば、彼はしばしば「四元数」の発見を人生の中でも非常に感動的な瞬間と捉えており、それを詩的に表現したいと考えていました。実際、彼が数学の問題を解決した瞬間(1843年のブロム橋での出来事)は、彼にとって非常に詩的で象徴的なものでした。

以下は、ハミルトンが数学的な発見の美しさや、数式が持つ哲学的意義について表現した詩的な一節です:

*1

この詩的な表現は、数学を単なる計算の手段としてではなく、より高次の思索や美的な探究の対象と捉えていたハミルトンの考えを示しています。

 

ハミルトンの名言

ハミルトンは非常に感性豊かな人物で、彼の研究に対する情熱や哲学的な思索を表す言葉がいくつか残っています。以下に、彼の代表的な名言を紹介します。

  1. 「時間と空間は、数の複雑な組み合わせに過ぎない」
    ハミルトンは、時間と空間を数学的に捉えることで、物理的な現象を理解しようとしました。この言葉は、彼の数学的探究がどれほど根本的な自然の理解に結びついていたかを示しています。

  2. 「数学の真理は、数式の中に美しさを宿している」
    ハミルトンは、数学の中に深い美しさを見出すことができると信じていました。この考え方は、彼が数学と詩を結びつけて考えた姿勢を反映しています。

  3. 「私はこの四元数の公式を追い求め、ついに橋の上でその真理に到達した」
    これは、ハミルトンが四元数の発見に対する感動を表現したもので、彼の自伝や手紙に記されています。このひらめきが、後世に大きな影響を与えました。

ウィリアム・ローワン・ハミルトンは、数学や物理学において多くの重要な業績を残した天才的な人物です。彼の功績は、現代の数学や物理学の基盤を築き、特に四元数ハミルトン力学、そしてグラフ理論の分野において大きな影響を与えています。ハミルトンの人生は、輝かしい業績の陰に、私生活の困難や人間的な弱さも垣間見えますが、それでも彼の探究心と創造力は後世の科学者たちに多大なインスピレーションを与え続けています。

 

ハミルトンってこんな人

  • 社交的で感情豊かな人物
  • 13歳の時点で13の異なる言語を喋れる天才だった
  • 22歳で天文台の監督官につき、生涯にわたってこの役職を勤めた
  • この天文台の中で数学の深遠な問題に取り組んだ
  • 家庭生活は経済的に厳しい時期もあり、仕事と家庭の両立に悩む時期が続いた
  • 詩人ウィリアム・ワーズワースと親しく交流した
  • 自らも詩を好み、数学の美しさを言葉で表現することに努めた

 

キーワード

 

 

 

 

*1:「I regard the symbols of algebra as the intellectual symbols of thought...and that thought itself is the true language of the world; I follow its beauty, as a man follows the shadow of the moon on a river...」(訳:代数学の記号を、思考の知的な象徴と見なし、思考こそが世界の真の言語であると考えている。私はその美しさを追い求める。それは、まるで川の上の月の影を追うかのように...)